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Deep Research2026年1月15日

AI新法(2025)施行に伴う中小企業の実務対応リサーチ

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AI新法(2025)施行に伴う中小企業の実務対応リサーチ

エグゼクティブサマリー

日本政府は2024年4月19日に公表した「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」を基点に、AIの安全な社会実装を強力に推進しています。現時点では法的拘束力のない「ソフトロー」が中心ですが、2025年以降に検討されている「AI新法(仮称)」の制定や、既存の著作権法・個人情報保護法の厳格な適用を見据え、企業には「待ったなし」のガバナンス構築が求められています。本レポートでは、中小企業が過度なコストをかけずにリスクを回避し、かつ政府の支援策を最大限に活用するための実務的対応策を体系化しました。ガイドラインの遵守は、単なる法令対応にとどまらず、企業の社会的信用を守るための必須要件となっています。


1. 具体的な内容・要件:AI事業者ガイドラインに基づく体制整備

現在、中小企業が参照すべき最も重要かつ最新の基準は、経済産業省と総務省が2024年4月19日に策定した「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」です。政府は、一律の規制ではなく、リスクの大きさに応じた柔軟な対応(リスクベース・アプローチ)を推奨しており、中小企業には以下の4つの実務要件が求められています。

(1) 責任者の明確化と体制構築

高度な専門知識を持つ技術者を新たに雇用する必要はありませんが、社内における「AI管理責任者」を1名明確に指名することが実務上の第一歩です。

  • 役割: トラブル発生時の報告ラインの確立、および外部(顧客や規制当局)からの問い合わせ窓口の一本化。
  • 目的: 誰がAI利用の監督責任を負っているかを明確にし、組織的なガバナンス体制があることを対外的に示すため。
  • (2) 社内規程(ルール)の策定

    従業員の判断任せにせず、文書化された「AI利用規程」を整備する必要があります。

  • 必須項目: 入力禁止情報(個人情報、機密情報)の定義、出力物の著作権確認フロー。
  • 運用: 就業規則の附則や、独立したガイドラインとして策定し、全従業員に周知します。
  • (3) リスクアセスメントと「人間の介在」

    AIの回答をそのまま業務成果物としないプロセスを構築します。

  • Human-in-the-Loop(人間による確認): AI生成物に人権侵害、偏見、誤情報が含まれていないか、必ず人間が確認・修正する工程を業務フローに組み込みます。
  • (4) 透明性の確保

    ステークホルダー(顧客、取引先、株主)に対し、AIを利用している事実を適切に通知・公表します。

  • 具体例: 自社Webサイトのプライバシーポリシーやサービス利用規約への明記、チャットボット利用時の「AIが応答しています」という表示など。

  • 2. 罰則・リスク:ソフトロー環境下での法的責任

    現在の「AI事業者ガイドライン」自体には直接的な罰則規定はありません。しかし、これを遵守しないことは「法的責任の免除」を意味せず、むしろ既存法令違反時の「過失」認定において決定的な不利要因となるリスクがあります。

    (1) 民事訴訟における「過失」認定リスク(民法第709条)

    権利侵害が発生して損害賠償請求訴訟となった場合、ガイドラインに沿った体制整備を行っていなければ、企業としての「注意義務違反(過失)」が認定される可能性が高まります。逆に、ガイドラインを遵守していれば、適切なリスク管理を行っていたという抗弁材料になります。

    (2) 著作権侵害リスクと立証責任(著作権法)

    文化庁の「AIと著作権に関する考え方」に基づき、AI生成物が既存著作物に類似し、依拠性が認められれば著作権侵害となります。

  • リスクシナリオ: 他者の著作権を侵害したと訴えられた際、プロンプト(指示文)等の利用記録がなければ、「侵害を回避するための適切な措置を講じた」こと(著作権法第114条関連)を立証できず、高額な損害賠償や差止請求を受ける恐れがあります。
  • (3) 個人情報漏洩による高額罰金(個人情報保護法)

    AIへの入力データに個人情報が含まれ、それが学習データとして再利用・流出した場合、個人情報保護法違反となります。

  • 罰則: 個人情報保護委員会からの命令に違反した場合、法人に対して最高1億円の罰金刑(同法第179条)が科される可能性があります。また、安全管理措置義務(第23条)違反として、社会的信用を失墜させるリスクも伴います。
  • (4) 2025年以降の法制化動向

    政府は現在、大規模なAI開発者を主な対象とした「AI新法(仮称)」や「AI基本法」の検討を進めています。将来的には、利用者側である中小企業に対しても、特定の高リスク用途において報告義務などが法制化(ハードロー化)される可能性があります。現在のガイドライン対応は、将来の法規制への事前準備としても機能します。


    3. 具体的な対応方法:実務的な記録管理(ログ保存)

    「説明責任」を果たすための最も具体的かつ重要な実務は、AIの「利用記録(ログ)」の適切な保存です。デジタル庁の指針等を踏まえた推奨事項は以下の通りです。

    (1) 保存すべきデータの粒度

    「要約」ではなく「全文」の保存が原則です。

  • プロンプト(入力): どのような指示を出したか。
  • アウトプット(出力): AIが何を生成したか。
  • 理由: トラブル発生時、要約のみでは「不適切な指示がなかったか」「生成物が権利侵害を含んでいたか」の事後検証(トレーサビリティ)が不可能であるためです。
  • (2) 保存期間の目安

    一律の規定はありませんが、関連法令や実務慣行に基づき設定します。

  • 最低ライン: 1年間(行政機関の運用例)。
  • 推奨ライン: 3年〜10年。
  • * 個人情報保護法や法人税法(帳簿保存原則7年)、公文書管理の観点から、重要な意思決定や成果物に関わるログは長期保存が望ましいとされています。

    (3) 保存形式

    監査や検索の容易性を確保するため、構造化データでの保存が推奨されます。

  • 形式: JSON、CSV等。
  • 紐付け: 利用者ID、タイムスタンプ(日時)、プロンプト、出力をセットにして管理します。これにより、特定の従業員や日時の利用状況を即座に抽出できる体制を整えます。

  • 4. 導入事例:中小企業における現実的な運用モデル

    政府(経済産業省、IPA等)は、リソースの限られる中小企業に対し、過剰な設備投資ではなく「運用ルール」によるカバーを推奨しています。以下は、2024年以降に定着しつつあるモデルケースです。

    (1) 「A4用紙1枚」のルール策定

    分厚いマニュアルを作成するのではなく、重要事項を凝縮した簡易ガイドラインで運用を開始する企業が増えています。

  • 内容例: 「機密情報の入力禁止」「生成物の事実確認義務」「著作権侵害のチェック手順」のみを明記。
  • 導入: 既存の就業規則に数条文を追加する、あるいは誓約書形式で従業員に周知する等の手法がとられています。
  • (2) 汎用ツールを用いた簡易台帳管理

    高価なログ管理システムを導入できない場合、身近なツールで代用可能です。

  • 手法: Microsoft FormsやGoogleフォーム、スプレッドシート等を活用し、「AI利用管理台帳」を作成。
  • 運用: 従業員がAIを利用する際、または利用後に「日時」「目的」「入力データの概要(機密性なしの確認)」「出力確認結果」を数秒で入力するフローを定着させています。
  • (3) 安全なツールの選定

  • エンタープライズ版の活用: 入力データがAIの学習に利用されない設定(オプトアウト)が可能な、法人向け有料プラン(ChatGPT EnterpriseやCopilot for Microsoft 365等)の導入が進んでいます。これにより、情報漏洩リスクを技術的に遮断します。

  • 5. 支援制度・補助金:政府による支援策の活用

    政府は、AIガバナンスへの取り組みを「コスト」ではなく「競争力強化への投資」と捉え、積極的な財政・技術支援を行っています。

    (1) IT導入補助金2024

    AIツールの導入やセキュリティ対策にかかる費用を補助します。

  • セキュリティ対策推進枠: AI利用に伴うサイバーリスク対策に対し、サービス利用料等の最大2分の1(最大100万円)を補助。
  • 通常枠: 業務効率化に資するAIソフトウェアの導入費用を支援。
  • (2) DX投資促進税制

    AIを含むデジタル技術を活用した企業変革に対し、税制優遇措置が適用されます。

  • 期間: 2025年3月31日まで(適用期限)。
  • 内容: 対象となる設備投資に対し、税額控除(3%〜5%)または特別償却(30%)を選択可能。
  • (3) 技術的支援・情報提供

  • AIセーフティ・インスティテュート(AISI): 2024年2月にIPA内に設立された専門機関。AIの安全性評価に関する基準や手法を策定しており、中小企業向けの技術的知見の提供源として機能しています。
  • 自治体の助成金: 東京都の「中小企業DX推進助成金」など、各自治体が独自に実施している最大1,000万円規模の助成事業も併用可能です。

  • まとめ:中小企業が今すぐ取るべきアクション

    2025年の法整備やリスク顕在化に備え、中小企業経営者が直ちに着手すべきアクションは以下の3点です。

    1 「AI管理責任者」を1名指名する

    * 兼務で構いません。社内のAI利用状況を把握し、外部ガイドライン(2024年4月版)をチェックする担当者を決め、組織としての責任の所在を明確にしてください。

    2 「やってはいけないこと」を明文化する

    * A4用紙1枚で十分です。「個人情報・機密情報の入力禁止」と「生成物の人間による確認義務」の2点を最低限のルールとして定め、全従業員に周知してください。

    3 「利用記録」を残す仕組みを作る

    * まずはスプレッドシートやフォーム入力などの簡易的な方法で構いません。「いつ、誰が、何のために」AIを使ったかの記録を開始し、万が一の際の証拠保全を行ってください。

    政府はガイドラインの遵守と適切な記録管理を行う企業を支援する姿勢を明確にしています。これらの対応を早期に進めることは、法的リスクの低減のみならず、取引先からの信頼獲得というビジネス上の強みにつながります。

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